釣り用艤装の代表格・スパンカー|起源、機能、代替手段、船体デザインとの整合性を考える

日本の遊漁船やフィッシングボートを見ると、船尾に小さな帆を取り付けた船を頻繁に見かけます。

スパンカーと呼ばれる艤装です。

ヨットの帆とは異なり、スパンカーを使って船を走らせるわけではありません。主な目的は、風を利用して船首を風上へ向け、流し釣りをしやすい姿勢に保つことです。

日本では代表的な釣り用艤装の一つですが、欧米メーカーのフィッシングボートでは、同じような装備を見かけることは多くありません。

その一方で、スパンカーという名称は明らかに日本語ではありません。

では、スパンカーはどこから来たのでしょうか。

なぜ日本の釣り船に広く普及し、欧米の釣り船にはあまり普及しなかったのでしょうか。

また、ヤマハ、ヤンマー、トーハツなどの国産艇は、スパンカーの装着を前提として設計されているのでしょうか。

本記事では、スパンカーの起源と機能、釣りにおける意味、欧米で使われる代替手段を整理したうえで、国産艇の船体デザインとの整合性について考えます。

Contents

スパンカーとは何か

現在、日本の釣り船でスパンカーと呼ばれているものは、船尾に立てたマストと帆によって、船首を風上へ向けやすくする艤装です。

ただし、スパンカーは推進用の帆ではありません。

より正確には、

船尾側の風圧を増やし、船体を風見鶏のように風上へ向ける空力的な方位安定装置

と考えた方が実態に合っています。

船首が風向きから外れると、船体やキャビンの側面に風が当たり、船首をさらに風下へ押そうとする力が生じます。

船尾にスパンカーがあれば、帆に受ける風が船尾を風下側へ押し戻すため、結果として船首が風上へ向きます。

ヤマハ発動機も、スパンカーに生じる空気力とステアリング操作を組み合わせて、船首を風上へ保持する仕組みを説明しています。

ただし、スパンカーを張っただけで、船がその場に止まるわけではありません。

スパンカーが主に制御するのは船の向きです。風によって船が風下へ流されること自体は、主機や補機の微速前進によって打ち消します。左右方向のずれは、舵角やスパンカーの向きによって修正します。

つまり、流し釣りでは、

  • スパンカーで船首方位を安定させる
  • エンジンで風による流れを相殺する
  • 舵で左右方向を修正する

という役割分担になります。

スパンカーはアンカーでも定点保持装置でもなく、操船者がエンジンと舵を使って船を制御するための受動的な補助装置です。

スパンカーが釣りにもたらすもの

スパンカーを使う目的は、単に船首を風上へ向けることではありません。

本当の目的は、船を潮の流れとできるだけ同調させることです。

船が海水とほぼ同じ方向、同じ速度で移動すれば、水中にある仕掛けと船との相対的な移動は小さくなります。その状態から、風による船体の余分な移動だけをエンジンで打ち消せば、道糸を船の真下に近い角度で落とせます。

道糸を立てられることには、次のような利点があります。

  • 着底が分かりやすい
  • 海底の根や魚群の上を正確に通しやすい
  • 必要以上に長い道糸を出さずに済む
  • 仕掛け同士のオマツリを減らせる
  • 底釣りやバーチカルジギングがしやすい

特に、多人数が両舷に並んで釣る日本の乗合遊漁船では、それぞれの仕掛けが大きく斜めに流れると、釣りそのものが成立しにくくなります。

その意味でスパンカーは、単なる帆ではありません。

日本式の流し釣りを成立させるための船体姿勢制御装置

と表現することができます。

スパンカーという名称の由来

スパンカーという言葉自体は、日本で作られたものではありません。

英語の spanker は、もともと横帆船の最後尾のマストに張る縦帆を指します。多檣スクーナーの最後尾に張る帆を意味する場合もあります。

西洋帆船のスパンカーは、推進力を得る帆の一部であると同時に、船体の回転中心から離れた船尾にあるため、船首方位を変えるモーメントを発生させる働きも持っていました。

つまり、

船尾の帆を利用して船首方向を制御する

という基本的な発想は、西洋帆船にも存在していたことになります。

ただし、西洋帆船のスパンカーと、日本の漁船に装備されるスパンカーは、名称と基本原理を共有しているものの、形状も使用目的も同じではありません。

日本で独自に発達した二枚帆式スパンカー

日本の漁船で普及しているスパンカーには、一枚の帆ではなく、後端が開いた二枚の帆を組み合わせた形が多く見られます。

この二枚帆式については、千葉県勝浦の一本釣り漁師だった石橋宗吉が、風向計の二枚羽をヒントに、試行錯誤を重ねて考案したとする記録があります。

石橋宗吉の聞き書きである『一本釣り渡世』では、戦前に二枚帆式を完成させ、戦後、各地から勝浦を訪れた漁師たちを通じて全国へ広がっていった経緯が語られています。

石橋宗吉が、船尾へ帆を付けるという発想そのものを生み出したわけではありません。西洋には、すでにスパンカーと呼ばれる船尾帆が存在していました。

その功績は、

日本の動力漁船による一本釣りに適した二枚帆式を作り、実用的な操船技術として普及させたこと

にあると考えるべきでしょう。

二枚帆式には、単なる伝統以上の合理性もあります。

北海道大学などの研究者による空力試験では、日本の二枚帆式漁船スパンカーは、西洋帆船型の一枚帆よりも揚力係数と抗力係数が大きく、一定の相対風向範囲で優れた向首性能を示すことが確認されています。

経験的に作られた形状には、空力的な根拠があったわけです。

したがって、スパンカーを日本独自の発明とするのは正確ではありません。

一方で、

  • 小型動力漁船の船尾に二枚帆式スパンカーを装備する
  • エンジンと舵を併用して船首を風上へ向ける
  • 風による流れだけを打ち消して船を潮に同調させる
  • 仕掛けを船の真下へ落とす

という運用体系は、日本の一本釣り漁業の中で発達したものです。

つまり、

スパンカーは西洋起源の名称と原理を持つが、現在の二枚帆式と、それを使った流し釣りの文化はきわめて日本的である

という表現が最も実態に近いでしょう。

欧米の釣り船はなぜスパンカーを使わないのか

欧米の釣り船が、風や潮による船体移動を制御していないわけではありません。

同じ問題を、別の方法で処理しています。

背景にあるのは、技術の違いだけではなく、釣り方の違いです。

日本の乗合遊漁船では、多人数が同時に仕掛けをほぼ垂直に落とす必要があります。

一方、欧米のスポーツフィッシングでは、キャスティング、トローリング、片舷からのドリフトなど、必ずしも船首を風上へ向け、全員の道糸を垂直に保つ必要がない釣り方も一般的です。

同じ要求がなければ、同じ艤装が発達するとは限りません。

ドリフトソックとシーアンカー

ドリフトソックは、水中へ投入する袋状の抵抗体です。

水の抵抗によって船の流れる速度を落とし、ドリフトを安定させます。取り付け位置やロープの取り回しによって、船体の向きもある程度調整できます。

船首からパラシュート型のシーアンカーを入れれば、船首を風や波へ向けやすくなります。

スパンカーが空気の力を利用するのに対し、ドリフトソックやシーアンカーは水の抵抗を利用します。

ただし、主な目的は流速を落とすことであり、スパンカー、エンジン、舵を組み合わせた日本式の流し釣りと、まったく同じ制御をするものではありません。

バウマウント型エレクトリックモーター

現在の欧米式フィッシングボートで、スパンカーに近い役割を担っているのが、船首に取り付ける電動トローリングモーターです。

GPS、電子コンパス、電動操舵を使い、

  • 指定した船位を保持する
  • 一定の船首方位を保つ
  • 設定した方向と速度で移動する
  • 風や潮に逆らって低速で操船する

といった制御ができます。

Minn KotaのSpot-LockやGarminのAnchor Lockは、GPSを使って船位を保持します。Heading HoldやDrift Modeを使えば、方位や流れる方向を指定することもできます。

風を利用して船を受動的に安定させるスパンカーに対し、こちらは推進力を使った能動制御です。

ダイナミックポジショニング

より大型のボートでは、左右のエンジン、ポッドドライブ、バウスラスターなどをコンピューターで統合制御する方法があります。

GPSと電子操舵を使って、船の位置と船首方位を同時に保持する仕組みです。

スパンカーより高価で複雑ですが、風向きに左右されず、任意の位置と向きを維持できます。

欧米にも似た帆はある

欧米にも、船尾側の風圧を増やして船首を風上へ向ける装備は存在します。

代表例が、ヨットなどで使われるライディングセイルです。

アンカー泊中に船が左右へ振れ回るヨーイングを抑えるため、船尾に小さな帆を張り、船首を風上へ安定させます。

原理は日本のスパンカーに近いものです。

ただし、欧米のライディングセイルは、主に停泊中の振れ回りを抑える装備です。エンジンと舵を併用し、釣りの仕掛けを垂直に保つ漁労艤装として普及したわけではありません。

欧米に類似技術がなかったのではなく、

日本と同じ釣法上の要求がなかったため、同じ形では普及しなかった

と考えるのが妥当です。

国産艇はスパンカーを前提に設計されているのか

ヤマハ、ヤンマー、トーハツなどの国産フィッシングボートは、スパンカーを前提として設計されているのでしょうか。

結論からいえば、メーカーや艇種によって異なります。

また、

スパンカーが機能しやすい船を設計すること

と、

スパンカーを含めた外観を美しくまとめること

は、分けて考える必要があります。

機能面では考慮されている

ヤマハの一部フィッシングボートでは、キャビンを低くして風圧面積を抑え、ブリッジを後方へ配置することで、水面上と水面下の側面積の中心を近づけています。

これは、風によって船首が振られにくくし、スパンカーを効きやすくするための設計です。

さらに、スパンカーと微速制御装置を組み合わせた流し釣り機能も用意されています。

ヤンマーも、フィンキールによる風流れの抑制や、流し釣りに必要な低速・微速運転を重視しています。

したがって、国産艇メーカーがスパンカー運用をまったく考慮していないわけではありません。

少なくとも一部の艇種では、

  • キャビンの高さと位置
  • 水上・水中側面積のバランス
  • 微速運転性能
  • アフトステーション
  • マストやステーの取り付け
  • 船尾の作業スペース

といった機能面に、スパンカーを使った流し釣りが織り込まれています。

一方、トーハツを含め、すべての国産艇がスパンカー前提で設計されているわけではありません。購入後の艤装に委ねられている艇も多くあります。

船体デザインとの整合性

私は、スパンカーを装着した国産フィッシングボートの多くを、どうしてもデザイン的に美しいとは思えません。

場合によっては、船体デザインが破綻しているようにさえ見えます。

ただし、その違和感は、単なる好みだけではなく、造形上の違いから説明できます。

現代のモーターボートは、

  • FRPによる連続した曲面
  • 傾斜したウインドシールド
  • キャビンから船尾へ流れるライン
  • 低く整理されたシルエット
  • 一体成形された構造物

によってデザインされています。

一方、スパンカーは、

  • 垂直に立つ細いマスト
  • 斜めに伸びる複数のステー
  • 水平に張り出すブーム
  • 滑車とロープ
  • 平面的な布の帆
  • 収納時にも残る骨組み

によって構成されています。

船体は大きな面と連続した曲線で作られていますが、スパンカーは細い直線と交差する索具で作られています。

両者では、造形を構成する言語が異なるのです。

スパンカーのマストやステーの角度が、キャビンのピラー、ウインドシールド、ハードトップの線と連続している例は多くありません。

船体色と帆の色を合わせたとしても、それだけで造形全体が統合されるわけではありません。

機能的適合と造形的統合は別である

メーカーが主に考慮しているのは、

  • スパンカーが効く船型か
  • マストを支える強度があるか
  • ステーを固定できるか
  • 釣りや後部甲板作業を妨げないか
  • 展開や収納が可能か

という機能上の問題です。

しかし、スパンカーを含めた船全体のシルエットを、一つの完成した造形として成立させることまでは、必ずしも設計目標に含まれていません。

スパンカーが多くの場合、標準装備ではなくオプションや購入後の追加艤装であることも、後付け感を強めます。

船体デザイナーが完成させた基本形状に、販売店や艤装業者がマスト、ステー、ブーム、ロープを追加します。

艇種専用の取り付け金具が用意されていても、それは機械的、機能的に取り付けられることを意味するのであって、造形上の完成まで保証するものではありません。

言い換えれば、

国産艇メーカーは、スパンカーを取り付けられるようには設計しているが、スパンカーを含む姿を船の完成形としてデザインしているわけではない

のだと思います。

合理的な装備であることと、美しいことは別である

スパンカーは、釣りの道具としては非常に合理的です。

構造が単純で、電力を必要とせず、適切に設置すれば、風の力そのものを利用して船首方位を安定させます。

故障する要素も比較的少なく、電動モーターや複数推進器による自動制御より安価に導入できます。

漁船や遊漁船にとって最も重要なのは、漁労性能と実用性です。マストやステーが多少無骨でも、仕掛けを立てられ、漁獲や釣果の向上につながるなら、道具としては正しいのです。

しかし、

道具として合理的であることと、工業製品として美しく統合されていることは別の問題

です。

スパンカーは、その違いが分かりやすく表れている艤装だと思います。

スパンカーは今後なくなるのか

GPS制御のエレクトリックモーターや、複数推進器によるダイナミックポジショニングが普及すれば、スパンカーの役割は徐々に置き換えられていく可能性があります。

国産艇にも、設定した船首方位を維持したり、風や潮に対して一定の向きで船位を保持したりする電子制御機能が導入され始めています。

これは、従来スパンカー、舵、微速装置を組み合わせて人間が行っていた作業を、センサーと推進器によって自動化する方向です。

一方、電子制御には、導入費用、バッテリー容量、重量、保守、故障時の対応といった問題があります。

帆とロープを中心とした単純な構造で作用するスパンカーの価値は、依然として失われていません。

今後必要なのは、スパンカーをただ取り外すことではなく、

  • マストを低くする
  • 折り畳み式や格納式にする
  • ステーをハードトップやレールへ統合する
  • 船体と帆の色や素材を調和させる
  • 電動推進器と状況に応じて使い分ける

といった工夫でしょう。

機能を捨てるのではなく、船体と艤装を最初から一つのシステムとして設計する必要があります。

スパンカーは日本の釣り文化が作った艤装である

スパンカーという名称と、船尾の帆で船首方位を制御する基本原理は、西洋から来たものです。

しかし、それを小型動力漁船に載せ、二枚帆式へ発展させ、エンジンと舵を併用して船を潮に同調させる技術として完成させたのは、日本の一本釣り漁業文化でした。

欧米の釣り船は、ドリフトソック、シーアンカー、バウマウント型エレクトリックモーター、ダイナミックポジショニングなど、別の方法で風と潮に対応しています。

スパンカーが欧米艇に普及しなかったのは、同じ問題を解決する技術がなかったからではありません。

釣り方、船の使い方、求められる船体姿勢が異なっていたからです。

国産フィッシングボートは、風流れ性能や微速制御、取り付け強度という意味では、スパンカーを機能設計に織り込んでいます。

しかし、船体とスパンカーが一つの外観として統合されているとは、私には思えません。

スパンカーは、釣り用艤装として極めて合理的です。

その一方で、現代のモーターボートの上に帆船時代の索具を載せたような姿は、

合理性と美しさは、必ずしも一致しない

ということを、分かりやすく示しているようにも思えます。


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▶筆者紹介は『理屈コネ太郎の知ったか自慢|35歳で医師となり定年後は趣味と学びに邁進』

作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

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