「敵からも学べ」とは何か|グラシアンに学ぶ嫌いな相手の見方

バルタザール・グラシアン、敵からも学べ
バルタザール・グラシアン、敵からも学べ

嫌いな相手からも、学べることはあります。

スペインの思想家バルタサール・グラシアンには、「偉大な者は、凡人が味方から学ぶ以上に、敵から多くを学ぶ」という趣旨の言葉があります。

嫌いな相手を遠ざけ、見ないことにすれば、気持ちは楽になります。しかし、それだけでは、その人物を嫌う理由も、その人物が社会で通用している理由も分かりません。

なぜ自分はこの人物を嫌うのか。相手の何が問題なのか。それでも相手が評価され、影響力を持っているのはなぜか。

そこまで観察して初めて、反面教師としての教訓だけでなく、自分にはない能力や美点が見えてくることがあります。

本記事では、グラシアンの「敵からも学べ」という言葉を手がかりに、嫌いな相手を自分の成長材料へ変える考え方について整理します。

バルタサール・グラシアンとは

バルタサール・グラシアンは、1601年にスペインのサラゴサ県カラタユー周辺で生まれ、1658年に没した思想家、著述家、神学者、イエズス会司祭です。

教育的、哲学的な散文を数多く残しました。

代表作の『エル・クリティコン』は、『ドン・キホーテ』や『ラ・セレスティーナ』と並び、スペイン黄金世紀文学を代表する作品のひとつとされています。

また、その著作や思想は、後世の哲学者や思想家にも影響を与えました。

グラシアンには、次のような趣旨の言葉が伝えられています。

偉大な者は、凡人が味方から学ぶ以上に、敵から多くのことを学ぶ。

翻訳によって表現には違いがありますが、重要なのは、味方や尊敬する人物だけでなく、敵対する相手からも学ぶという考え方です。

嫌いな相手からも学ぶ

私は器の小さい人間なので、嫌いな人がたくさんいます。

しかし、グラシアンのこの言葉に触れてからは、嫌いな相手からも何かを学べないかと考えるようになりました。

人は、嫌悪する対象を遠ざけ、見ないふりをしがちです。

それは精神衛生上、必要な場合もあります。嫌いな相手と無理に付き合い続ける必要はありません。

しかし、相手を遠ざけることと、相手について考えることをやめることは別です。

なぜ自分はその人物を嫌うのか。

相手の言葉、行動、価値観、他人への接し方のうち、何に強い反感を覚えるのか。

それを分析するだけでも、敵から学ぶことになります。

相手の欠点を観察すれば、「自分は同じ振る舞いをしないようにしよう」という反面教師になります。

同時に、自分がなぜその特徴を嫌うのかを考えることで、自分自身の価値観も明確になります。

なぜその人物が社会で通用しているのか

さらに一歩進むなら、嫌いな相手がなぜ社会で通用しているのかを考える必要があります。

人間には、嫌いな相手を全面的に否定したくなる傾向があります。

「あの人には何の取り柄もない」
「周囲がだまされているだけだ」
「運が良かっただけだ」

そう考えれば、自分の感情は守られます。

しかし、その人物が一定の地位を得ていたり、周囲から評価されていたり、長く活動を続けていたりするのであれば、そこには何らかの理由がある可能性があります。

決断が早いのかもしれません。

人を動かす力があるのかもしれません。

失敗しても立ち直るのが早いのかもしれません。

他人の感情を読むことに長けているのかもしれません。

あるいは、自分には到底耐えられない批判や反発に耐える強さを持っているのかもしれません。

もちろん、社会で通用しているからといって、その人物が善人であるとは限りません。

欠点や問題行動を肯定する必要もありません。

それでも、嫌いな相手のすべてを無価値と決めつければ、その人物が持つ能力や、自分に不足しているものまで見落とします。

欠点は欠点として批判しながら、能力は能力として認める。

それが、敵から学ぶということではないでしょうか。

『梨泰院クラス』のパク・セロイ

2020年にヒットした韓国ドラマ『梨泰院クラス』の主人公、パク・セロイも、敵から学ぶ人物として描かれていました。

彼は、自分や家族を苦しめた敵を決して許しません。

しかし、敵を単に憎み、遠ざけるだけでもありません。

敵の経営方法、組織の作り方、人の使い方、勝つための考え方を観察し、自分の事業に活かしていきます。

敵の人格や行動を肯定することと、敵の能力から学ぶことを、彼は切り分けていました。

この姿勢は、パク・セロイの強さと偉大さを表す重要な要素だったと思います。

関連記事:当サイト内『梨泰院クラス』の記事

敵から学ぶとは、敵を好きになることではない

敵から学ぶといっても、嫌いな相手を好きになる必要はありません。

許す必要も、仲良くする必要も、相手の価値観を受け入れる必要もありません。

重要なのは、嫌悪感によって観察する力まで失わないことです。

嫌いな相手の欠点を見て、自分への戒めにする。

相手が成功している理由を考え、自分に足りない能力を知る。

自分がなぜその相手を嫌うのかを分析し、自分自身の価値観を理解する。

これらはすべて、敵から学ぶことです。

まとめ

人は、味方や尊敬する人物から学ぼうとします。

しかし、尊敬する相手については、欠点を見落としたり、無批判に模倣したりすることがあります。

一方、嫌いな相手に対しては、細かな欠点までよく見えます。

その観察力を、ただ相手を嫌うためだけに使うのは、少しもったいない。

なぜ嫌いなのか。

何が問題なのか。

それでも、その人物が社会で通用しているのはなぜか。

そこまで考えれば、嫌いな相手の中にも、自分の成長に使える材料が見つかるかもしれません。

欠点から学び、成功の理由からも学ぶ。

グラシアンの「敵からも学べ」という言葉は、嫌いな相手を肯定するための教えではありません。

嫌悪感に思考を支配されず、敵さえも自分の成長に利用するための、したたかな知恵なのだと思います。

当サイト内他の記事への移動は下記より

理不尽社会を強くサバイブ|元医師が過去の自分に送りたい人生のヒント集
当サイト内記事のトピック一覧ページ 【最上位のページ】
管理人の自己紹介は理屈コネ太郎の知ったか自慢|35歳で医師となり定年後は趣味と学びに邁進

作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です