一般の人々が想像するような「優雅でお洒落なクルージング」は、実際にはプレジャーボートの遊びとしては存在しない。
私はそう考えています。
もちろん、観光客相手の大型観光船や遊覧船の話ではありません。
自ら操船し、自ら判断し、自ら責任を負うプレジャーボートの話です。
私はこれまで、自艇で東京湾最奥部の隅田川から浦賀水道を経て、伊豆大島南端沖まで繰り返し航行してきました。
その経験を通じて強く感じるのは、多くの人が想像する「優雅でお洒落なクルージング」と、実際のプレジャーボートにおけるクルージング航行とはかなり違うということです。
もっとも、その優雅でお洒落でない、揺れる船の航行を楽しんでいる人が存在しないわけではありません。
波や風によって絶えず変化する海面を読みながら、船体を思い通りに走らせることに楽しさを見出す人もいます。
私もその一人です。問題は、プレジャーボートに不慣れなゲストの殆どがそれを愉しめないのが私の悩みです。
ただし、それは一般にイメージされる優雅でお洒落で素敵なクルージングとは別の遊びです。
例えるなら、専用に作られた四輪駆動車やオートバイで自然のオフロードを走るような楽しみ方に近いでしょう。
飲み物を片手に景色を眺めるような遊びではありません。
この記事では、一般の人々が何気なく抱く「優雅でお洒落なクルージング」というイメージが、実はクルージングの実相とは大きく違う事を説明します。
Contents
クルマにはなぜドライブという遊びが存在するのか
ここで、比較としてクルマの話しをします。
クルマにはドライブという遊びがあります。
目的地がなくても成立します。
海岸線を走る。
ワインディングを流す。
夜の湾岸を悪目立ちしないように走る。
景色を楽しむ。
途中で気になる店へ立ち寄る。
運転やそれに付随する行為そのものが娯楽として成立しています。
簡単にドライブが娯楽として成立するには、自動車文明が巨大な社会インフラに支えられているからです。
舗装された道路。
統一された交通ルール。
信号機。
標識。
ガソリンスタンド。
あちこちにあるコンビニ。
トイレ。
携帯電話網。
警察。
ロードサービス。
急に猛烈な眠気に襲われたらコインパーキングに駐車して仮眠をとる事が出来る。
私たちは普段意識しませんが、ドライブは極めて整備された人工環境の上で成立している遊びです。
特に重要なのは、道路という走行面が規格化されていることです。
多少の凹凸はあっても、道路は基本的に平坦です。
ドライバーは「次の瞬間に路面が大きく傾くかもしれない」と心配しながら運転しているわけではありません。
規格化された走行面と豊富な社会インフラ。
クルマのドライブは、この二つによって成立しています。
プレジャーボートの航行面である水面は常に揺れている
プレジャーボートにも車のナビに相当するGPSがあります。
灯台もあります。
ブイもあります。
しかし、道路のような規格化された平坦で固定された走行面は存在しません。
プレジャーボートの航行面である水面は常に揺れています。
風が吹けば波が立つ。
潮流が流れる。
大型船が通れば引き波が発生する。
海面そのものが絶えず変化しています。
例えば東京湾では、周囲の地形や建造物の影響を受けた風によって短周期の細かな波が発生することがあります。
一方、太平洋へ出ると長周期のうねりが主体となり、むしろ船体の動きが穏やかに感じられることもあります。
波の性質は異なります。
しかし、どちらも船体を動かします。
重要なのは、プレジャーボートの航行面である水面は常に揺れ、そして流れているということです。
クルマが平坦な舗装路の上を走る乗り物だとすれば、プレジャーボートは常に動き続ける水面の上を進む乗り物なのです。
プレジャーボートの自然状態は漂流である
クルマの自然状態は停止です。
ブレーキで完全静止し、
エンジンを切って、サイドブレーキをかければ、
クルマはちょっとやそっとで移動しません。
ところがプレジャーボートは違います。
自然状態では静止できません。
海面の揺れや流れ、そして風もあります。
ですから、操船されていない状況の船は本質的に漂流するのです。
船は水面に浮いている以上、それが自然な状態です。
そのため船を一点に留めるには工夫が必要になります。
マリーナへ係留する。
アンカーを投入する。
GPS連動の電子制御でエンジンやスラスターを微妙に調整して位置を維持する。
あるいは陸上へ揚架する。
プレジャーボートにとって停止とは、意図的に作り出される状況なのです。
だからプレジャーボートでは、ドライブの途中で一休みするためにクルマを止めるような事ができません。
プレジャーボートの乗員はオフグリッド環境に置かれる
海上へ出ると、乗員もオフグリッド環境に置かれます。
社会のインフラから隔離されます。
コンビニはありません。
ガソリンスタンドもありません。
トイレもありません。
故障してもレッカー車は来ません。
海上保安庁やBANなどの救援体制は存在します。
しかし、道路交通で期待できるような即応性は期待できません。
陸上では当たり前に利用できる社会インフラの多くが失われます。
そのためプレジャーボートでは、常にある程度の自己完結性が求められます。
これはクルマのドライブとは全く異なる世界です。
だからクルージングは快適ではない
ここまで説明した三つの特徴を考えれば、多くの人が想像するクルージングが成立しにくい理由は明らかです。
船は揺れます。
それも、たまに揺れるのではありません。
常に揺れています。
飲み物を置く場所を考える。
船内を移動するときは手すりを使う。
身体を支えながら歩く。
私は船内の移動では三点保持が望ましいと考えています。
両足と片手。
あるいは片足と両手。
常に三点で身体を支える状態です。
それほど航行中の船は揺れています。
広告やパンフレットに登場するような、飲み物片手に優雅にソファでくつろぐ世界は、少なくとも私が知るプレジャーボートの実態とはかなり異なります。
正直なところ、航行そのものは多くの人にとって快適とは言い難いはずです。
それでも人はプレジャーボートに乗る
では、なぜ人はプレジャーボートに乗るのでしょうか。
それは航行の先にある楽しみが大きいからです。
釣りをしたい。
無人のビーチで海水浴をしたい。
徒歩では到達できない平水面でSUP-FOILの練習をしたい。
島へ行きたい。
海洋生物を見たい。
海という自然環境に没入したい。
そのためなら、多少の不便や不快を受け入れる価値がある。
そう考える人がプレジャーボートに乗っています。
プレジャーボートの魅力はキャプテンの感性と腕しだい
クルマは規格化された人工環境の上を移動する乗り物です。
一方、プレジャーボートは規格化されていない自然環境へ入っていく乗り物です。
この違いは、それぞれの乗り物に成立する遊びの違いとして現れます。
クルマにはドライブという遊びがあります。
しかしプレジャーボートでは、多くの人が想像する海上ドライブとしてのクルージングは成立しません。
プレジャーボートの魅力は移動そのものにはありません。
その先に広がる海そのものにあります。
しかし前述したように、実は一部の人は、揺れる海面での航行を遊びと捉える人もいます。
ただし、それは一般にイメージされる優雅でお洒落なクルージングとは全く別の遊びです。
それは丁度、専用に作られたクルマやバイクで自然のオフロードを走るのを楽しむような遊びです。
プレジャーボートの本当の魅力は、海という自然の中へ入っていくことにあるのです。
そして海という自然の中に何を見出すのかは、人によって違います。
釣りかもしれません。
海水浴やシュノーケリングかもしれません。
トーリングかもしれません。
離島への移動かもしれません。
あるいは航行そのものかもしれません。
そこにキャプテンの感性と技量が表れるのだと、私は思っています。