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はじめに
MT車の運転技術を調べると、ブリッピング、ヒール&トー、ダブルクラッチなどについて、「回転数を合わせる操作」という説明に出会います。
この仕組みを理解する手がかりは、何と何の回転数を、どこをつなぐために合わせるのかです。
MTのシフトダウンには、大きく二つの回転合わせがあります。一つは、変速機内部で次のギアをつなぐための同期です。もう一つは、クラッチをつないでエンジンと変速機を再接続するための回転合わせです。それぞれ、接続する場所と、直接合わせる回転数の対象が異なります。
本記事では、クラッチペダルを備えた一般的なシンクロ付きMTのシフトダウンを扱います。動力が伝わる経路と、変速中に各部がつながったり切り離されたりする様子を追いながら、三つの操作の役割を解説します。
なお、タイトルでは「ヒール&トゥ」と表記しています。toe の英語での発音は /təʊ/(イギリス英語)または /toʊ/(アメリカ英語)であるため、本文では、この発音に近いカタカナ表記として「ヒール&トー」を用います。
FR・MT車の動力伝達構造
構造の説明には、エンジンを車体前方に置き、後輪を駆動するFR車のMTを用います。入力軸、カウンターシャフト、出力軸を持ち、出力軸上の歯車を選んで軸に固定する、三軸式の構造を考えます。
二軸式などでは、軸や歯車、シンクロの配置が変わります。それぞれの構造でも、変速機内部の同期と、エンジン側のクラッチの再接続を分けて考えることで、回転合わせの役割を整理できます。
以下では、エンジンと変速機の間にあり、クラッチペダルで操作するクラッチを「摩擦クラッチ」と呼びます。変速機内部にあるシンクロの摩擦面とは、場所と働きを分けて説明します。
エンジンから駆動輪までの経路
カウンターシャフトを経由する変速段では、動力はおおむね次の経路で伝わります。
クランクシャフト・フライホイール
↓
摩擦クラッチ
↓
トランスミッション入力軸
↓
入力軸とカウンターシャフトを結ぶ歯車対
↓
カウンターシャフト
↓
選択段の歯車対
↓
出力軸上の選択歯車
↓
ドッグ歯・シフトスリーブ・ハブによる接続
↓
トランスミッション出力軸
↓
プロペラシャフト
↓
最終減速機・デファレンシャル
↓
左右のドライブシャフト
↓
駆動輪歯車を介してつながる部分では、歯車比に応じて回転数が変わります。歯車比が一定なら、両側の回転数も一定の比率で連動します。
また、直結段を備えるMTでは、その段に入れると入力軸と出力軸が直接つながります。本記事では、主にカウンターシャフトと歯車対を経由する変速段を使って説明します。
「ギアを入れる」とは何をつなぐことか
この構造では、カウンターシャフト側の歯車と、出力軸上の歯車が常にかみ合っています。出力軸上の歯車は、選択されるまでは出力軸とは別の回転数で回ることができます。
一方、ハブは出力軸に固定され、一緒に回転します。シフトスリーブは、そのハブと一緒に回りながら、軸方向へ移動する部品です。
シフトレバーを動かすと、スリーブが選択する歯車の側へ移動します。スリーブが歯車側の接続用の歯、つまりドッグ歯とかみ合うと、その歯車がハブを介して出力軸に固定されます。これが「ギアが入った状態」です。
シフト操作は、常にかみ合っている歯車のうち、どの歯車を出力軸につなぐかを選ぶ操作です。
二つの回転合わせは、接続する場所が違う
① 変速機内部でギアをつなぐための同期
下のギアを入れる際には、選択する歯車と、出力軸と一緒に回るハブ・スリーブの回転数をそろえます。
ここで働くのが、シンクロ機構です。
シフトスリーブがドッグ歯とかみ合う前に、シンクロの摩擦面が接触します。その摩擦によって回転差が小さくなり、回転数がそろったところで、ドッグ歯による接続が成立します。この回転数をそろえる過程を「同期」と呼びます。
本記事の説明モデルで直接合わせるのは、
選択する歯車の回転数と、出力軸と一緒に回るハブ・スリーブの回転数
です。
接続が完了すると、選択歯車と出力軸は一体で回ります。入力軸と出力軸の回転数は、選択した段の変速比に従って決まります。
シンクロは主に入力側の回転数を調整する
シンクロの摩擦面には、回転を速めたり遅くしたりするトルクが生じます。このトルクは、接触している両側へ反対向きに作用します。
通常の走行中は、出力側が駆動輪を通じて車両全体の動きにつながっています。車両側には大きな慣性があるため、シンクロのトルクによる回転数の変化は、主に入力軸やカウンターシャフトなどの入力側に現れます。
この関係から、シンクロの働きは、変速機入力側の回転数を、その時点の車速と次のギアの変速比に対応する値へ近づけることとして理解できます。
減速中には、車速とともに出力軸回転数も下がります。それに応じて、入力側が目指す回転数も変化します。
② 摩擦クラッチをつなぐための回転合わせ
下のギアが入っても、摩擦クラッチを切っている間は、エンジンと入力軸は切り離されています。
入力軸は、車輪側から伝わる回転に従って回ります。一方、エンジンは切り離された状態で回っているため、両者には回転差が生じることがあります。
摩擦クラッチを再接続する際に合わせたいのは、
クランクシャフト回転数と、下のギアが入った状態の入力軸回転数
です。
摩擦クラッチは、接触し始めると、滑りながらトルクを伝えます。接続が完了して滑りがなくなると、エンジン側と入力軸側は同じ回転数になります。
このように、変速機内部でギアをつなぐ段階と、摩擦クラッチでエンジンをつなぐ段階では、それぞれ別の回転差を扱います。
摩擦クラッチを切ると、入力軸回転数は何によって決まるのか
摩擦クラッチを切ると、入力軸はエンジンから切り離されます。その間の入力軸回転数は、変速機内部の接続状態によって変わります。
通常のシフトダウンを時間順に追うと、次のようになります。
| 変速機内部の状態 | 入力軸回転数の関係 |
|---|---|
| 変速前のギアが入っている | 出力軸回転数と、変速前の変速比によって決まります。 |
| 元のギアを抜き、ニュートラルになっている | 出力軸との固定された回転数の関係がいったん解かれます。 |
| 次のギアのシンクロが働いている | シンクロの摩擦トルクが歯車列に作用し、入力側を次のギアに必要な回転数へ近づけます。 |
| 次のギアの接続が完了している | 出力軸回転数と、変速後の変速比によって決まります。 |
これは、元のギアの接続を解き、次のギアの同期を経て、新しい接続を成立させるという仕組みを、入力軸側から整理したものです。
ニュートラルになった直後も、入力軸や歯車は慣性によって回転を続けます。その回転数は、潤滑油などによる抵抗の影響を受けながら変化します。
ギアが入っている間は、入力軸と出力軸が変速比で結ばれます。ニュートラルでは、その固定された関係が解かれます。
このニュートラル中の状態を利用するのが、後述するダブルクラッチです。
シフトダウンでは、必要な入力軸回転数がどう変わるのか
ここでいう「変速比」は、ギアが入った状態での、入力軸回転数と出力軸回転数の比です。
変速比 = 入力軸回転数 ÷ 出力軸回転数
したがって、ギアの接続が完了しているときには、次の関係が成り立ちます。
入力軸回転数 = 出力軸回転数 × 選択段の変速比
歯車列は、この一定の比率で入力側と出力側の回転を結びます。
同じ車速での比較と、実際の変速前後の比較
回転数の変化を考えるときは、同じ車速で異なるギアを比較する場合と、減速を挟んだ変速前後を比較する場合を分けます。
同じ車速、つまり同じ出力軸回転数で比較すると、変速比が大きい下のギアほど、高い入力軸回転数が必要です。例えば、同じ車速なら、3速では4速より高い入力軸回転数が必要になります。
一方、減速しながら実際にシフトダウンすると、操作中にも出力軸回転数が下がります。変速前後の実回転数は、ギアを下げることによる変速比の増加と、減速による出力軸回転数の低下を組み合わせた結果として決まります。
したがって、次のギアに必要な入力軸回転数は、接続する時点を基準に考えます。
目標入力軸回転数 = ギアを接続する時点の出力軸回転数 × 次のギアの変速比
ニュートラル中、この式で求める値は、これからギアをつなぐための目標です。下のギアが入ると、その回転関係が実際に成立します。以上は、入力軸と出力軸を変速比で結ぶ関係から導けます。
駆動輪回転数から考える場合は、最終減速比も関係する
直進して左右の駆動輪が同じ回転数で回っている場合、出力軸回転数には、変速機の後ろにある最終減速機の比率も関係します。
出力軸回転数 = 駆動輪回転数 × 最終減速比
これを先ほどの式に入れると、
入力軸回転数 = 駆動輪回転数 × 最終減速比 × 選択段の変速比
となります。
駆動輪から入力軸までを考えるときは、最終減速比と、変速機で選択した段の変速比を、それぞれ掛け合わせます。
ブリッピングとは何をしている操作か
ブリッピングとは、アクセルを一瞬あおり、エンジン回転数を上げる操作です。
通常のシフトダウンでは、摩擦クラッチを切っている間に行い、下のギアで必要となる回転数へエンジン回転数を近づけます。
目標は、摩擦クラッチをつなぐ時点の回転数
ブリッピングの目標は、下のギアへの接続を終え、摩擦クラッチを再接続する時点の入力軸回転数です。
アクセルをあおる時点では、変速機内部がニュートラルになっていたり、シンクロが入力側の回転数を調整していたりします。その途中の実回転数と、最後に摩擦クラッチをつなぐ際の目標回転数を、分けて考えることが大切です。
ドライバーは、クラッチをつなぐ時点の車速と選択ギアを基準に、アクセルをあおる量とタイミングを調整します。
通常のブリッピングは、エンジン側を調整する
摩擦クラッチが十分に切れている間は、エンジンと入力軸は切り離されています。その状態でアクセルをあおると、エンジン側の回転数が上がります。
一方、変速機内部では、シフト操作に伴ってシンクロが働き、次のギアをつなぐために入力側の回転数を調整します。
この接続関係を整理すると、通常のシフトダウンでは、
シンクロ機構が変速機内部の同期を行い、ブリッピングが切り離されたエンジン側の回転数を調整する
という役割分担になります。
回転差が残ったままクラッチをつなぐと、何が起きるのか
エンジン回転数が不足した状態で摩擦クラッチを急につなぐと、駆動輪側からエンジンを回し、その回転数を引き上げることになります。
このとき、駆動輪には一時的な制動トルクが加わります。それが減速のショックや車両姿勢の乱れにつながり、タイヤのグリップに余裕がない状況では、駆動輪の滑りを招く場合もあります。
反対に、エンジン回転数が高すぎると、回転差が縮まる間に、エンジン側から駆動輪を駆動する方向のトルクが加わります。こちらも接続時のショックにつながります。
ブリッピングによって接続前の回転差を小さくしておくと、摩擦クラッチをつないだ際の余分なトルク変動を抑えられます。
シンクロとブリッピングの役割分担
シンクロは、次のギアをつなぐために変速機内部の回転をそろえます。ブリッピングは、その後に摩擦クラッチをつなぐために、エンジン側の回転を調整します。
この二つがそれぞれの接続時点に間に合うことで、ギアの切り替えから摩擦クラッチの再接続までを滑らかに進められます。
ヒール&トーとは何をしている操作か
ヒール&トーは、ブレーキングを続けながらブリッピングを行うためのペダル操作です。
右足の一部でブレーキを踏み、同じ右足の別の部分でアクセルを一瞬あおります。Hondaの技術解説でも、同じ右足でブレーキとアクセルを操作する技術として説明されています。
摩擦クラッチを切ったまま行う通常のシフトダウンと組み合わせる場合、調整するのはエンジン側の回転数です。変速機内部ではシンクロが同期を進め、ドライバーはブレーキングとエンジン側の回転合わせを同時に行います。
ブリッピングがアクセル入力を指すのに対し、ヒール&トーは、その入力をブレーキ操作と両立させる方法です。
操作と練習方法は、関連記事ブリッピングとヒール&トーの違い・目的・練習方法をまとめて解説で扱っています。
回転数と運動エネルギーの観点については、関連記事ヒール&トーとは何か|有用性を回転数と運動エネルギーから解説も参照してください。
ダブルクラッチとは何をしている操作か
ダブルクラッチでは、変速途中のニュートラルで摩擦クラッチをいったんつなぎ、エンジンを使って変速機入力側の回転数を調整します。
通常のブリッピングとの違いは、アクセルをあおるときに、エンジンと入力軸をつないでいることです。
シフトダウン時の操作の流れ
基本的な流れは、次のとおりです。
- 摩擦クラッチを切り、元のギアを抜いてニュートラルにします。
- ニュートラルで摩擦クラッチをいったんつなぎます。
- アクセルをあおり、エンジンと変速機入力側の回転数を上げます。
- 再び摩擦クラッチを切り、下のギアへ入れます。
- エンジンと入力軸の回転数を近づけた状態で、摩擦クラッチを再接続します。
Eatonの大型車用トランスミッション取扱説明書「Double-Clutching Procedure」節にも、ニュートラルでクラッチをつなぎ、エンジンを使って変速機内の歯車の回転数を調整する手順が示されています。本記事では、その接続関係と操作順序を参照しています。
ニュートラルでクラッチをつなぐと、何が一緒に回るのか
ニュートラルでは、選択歯車と出力軸の接続が解かれています。入力側は、出力軸とは別に回転数を変えられる状態になります。
ここで摩擦クラッチを滑りなくつなぐと、クランクシャフトと入力軸が一体で回ります。
クランクシャフト回転数 = 入力軸回転数
この状態でアクセルをあおると、エンジンと入力軸の回転数が一緒に上がります。
入力軸につながるカウンターシャフトも、両者を結ぶ歯車対の歯数比に従って回転数を上げます。さらに、カウンターシャフトとかみ合う各変速段の歯車も、それぞれの歯車比に従って回転します。
つまり、クランクシャフトと入力軸は同じ回転数で回り、そこから先の歯車や軸は、歯車比に応じた回転数で連動します。
入力側の回転を上げると、なぜ次のギアを入れやすくなるのか
本記事の説明モデルでは、入力軸、カウンターシャフト、出力軸上の各歯車が、歯車比に従って連動しています。
そのため、入力軸を次のギアに必要な回転数へ近づけると、次に選択する歯車の回転数も、出力軸と一緒に回るハブ・スリーブの回転数へ近づきます。これは、歯車比による回転の関係から導けます。
ここで目標にするのは、
次のギアを接続する時点の出力軸回転数 × そのギアの変速比
に対応する入力軸回転数です。
通常の変速では、シンクロが主に入力側の回転数を調整します。ダブルクラッチでは、ニュートラルでエンジンを使い、その調整を先に進めます。
適切に行えば、シンクロが処理する回転差が小さくなり、次のギアを接続しやすくなります。 シンクロ付きMTは内部の同期を機構側で行い、ダブルクラッチはその同期を助ける操作として位置づけられます。
最後に摩擦クラッチをつなぐ時点も考える
ニュートラルで回転数を上げた後、再び摩擦クラッチを切ると、エンジンと入力軸は切り離されます。その後の操作中にも、エンジン回転数や車速は変化します。
そこで、最後に摩擦クラッチをつなぐ際には、その時点の入力軸回転数とエンジン回転数を近づけます。
ダブルクラッチの操作を二つの接続に分けると、次のように整理できます。
次のギアを入れる時点では、変速機内部の回転差を小さくする。
摩擦クラッチをつなぐ時点では、エンジンと入力軸の回転差を小さくする。
それぞれの接続に合わせて、回転数と操作のタイミングを整えることが大切です。
まとめ|MTの回転数合わせの本質
MTのシフトダウンには、ギアをつなぐための変速機内部の同期と、摩擦クラッチをつなぐためのエンジン・入力軸間の回転合わせがあります。
通常のブリッピングは、摩擦クラッチを切っている間にエンジン側の回転数を調整します。ヒール&トーは、そのブリッピングをブレーキング中にも行うためのペダル操作です。
ダブルクラッチは、ニュートラルで摩擦クラッチをいったんつなぎ、エンジンを使って変速機入力側の回転数も調整します。
目標になる回転数は、これから接続する時点の車速と、選択するギアによって決まります。減速中には、その目標も変化していきます。
どこが切り離されているのか。何と何が、どの比率でつながっているのか。そして、次にどこを、いつつなぐのか。
この順序で追うと、ブリッピング、ヒール&トー、ダブルクラッチの役割を、機構のつながりとして理解できます。
