スローイン・ファストアウトとは何か|有名な格言に欠けているピースを探る

サーキット走行におけるコーナリングの基本として、「アウト・イン・アウト」とともに広く知られている言葉が「スローイン・ファストアウト」です。

コーナー進入速度を欲張らず、コーナー出口速度を高める。コーナー入口で無理をするより、スローでコーナーに入り、きちんとクルマの向きを整えてから高い出口速度を後続ストレートへ持ち越す方が、区間全体では速くなりやすいという格言です。

この考え方自体は、現在でも有効です。

しかし、スローイン・ファストアウトという言葉には、大きなピースが欠けています。

コーナー進入前のクルマは、まったくスローではありません。長いストレートをアクセル全開で走り、周回中でもっとも高い速度域にあるかもしれません。

この最高速近辺の状態と、スローイン・ファストアウトはどうつながるのでしょうか。最高速近くで走ってきたクルマを、いつ、どのようなブレーキングで、どこまで減速すれば、スローインと呼ばれる状態に持ち込めるのでしょうか。

スローイン・ファストアウトという格言には、そこが不足しています。

本記事では、下の図のように長い進入ストレートと長い脱出ストレートを、曲率が一定の180度コーナーでつないだ単純なレイアウトを想定します。

図中左側のクルマはストレートエンドのフルブレーキを終えてターンインを始める瞬間、右側のクルマは舵角ゼロとフルスロットルの最初の瞬間です。

このコーナーにおける実際の舵角と車速変化は、次のようになります。

  1. ストレートでのアクセル全開
  2. ストレートエンドでの強く短い直線減速
  3. トレイルブレーキで速度の落ち方を緩めながら減速と旋回
  4. クリッピングポイント付近でコーナー中の最低速度と最大舵角
  5. 出口へ向けて舵角を戻しつつアクセルを踏み増す
  6. 次のストレート開始時点で舵角ゼロ、アクセル全開

トレイルブレーキとは、ストレートエンドで強く踏んだブレーキを、ターンイン開始後も急に完全開放せず、踏力を徐々に抜きながら旋回へ移る操作です。ブレーキ踏力を減らすのに同期して舵角を増やし、タイヤの仕事の中心を強い制動から旋回へ滑らかに移します。

いわゆるスローイン・ファストアウトは、上記3から5の車速配分を大まかに表した言葉にすぎず、その間に必要な操作をほとんど説明していません。だから、スローイン・ファストアウトと言われても、初心者には少し何を言っているのか分かりにくいのです。

スローイン・ファストアウトは、ストレートエンドでのフルブレーキについてはまったく触れていません。トレイルブレーキについても、ほぼ何も言っていません。コーナーのどこからどこまでがスローで、どこからがファストなのかも、ほぼ何も言っていません。

スローイン・ファストアウトは途中から話が始まっている

スローイン・ファストアウトという格言は、すでにクルマが「スロー」になったところから話を始めています。

しかし実際には、全開ストレートとスローインの間に、連続する二段階のブレーキングがあります。

第一段階は、ストレートエンドで行う強く短いフルブレーキングによる主減速です。

第二段階は、それに続くトレイルブレーキです。

主減速では、車速を短い時間と距離で大きく落とします。

トレイルブレーキでは、フルブレーキで最大だったブレーキ踏力を徐々に抜きながら舵角を増やし、さらに少し減速しつつクルマの向きを変えます。

この二段階を経て、クルマはクリッピングポイント付近の最低速度へ向かいます。

スローインの「スロー」に至る前には、二段階の減速があるのです。

しかも、この「スロー」は一定の低い速度ではありません。主減速とトレイルブレーキによって車速を低下させた結果として作られる状態です。

つまり、ストレートエンドの主減速と、それに続くトレイルブレーキによって作られた結果がスローインなのです。

第一段階|ストレートエンドで車速を大きく落とす

全開ストレートからスローインを作る第一段階は、ストレートエンドでの強く短いフルブレーキングによる主減速です。

アクセルからブレーキへ素早く踏み替え、ステアリングを中立に保ったまま、強く短いブレーキングを行い、急減速します。

ここでいうフルブレーキングとは、その車両、タイヤ、路面状態で、安定して使える制動力の上限付近を使うという意味です。ですから、フルブレーキングには練習が必要です。初めての人は、なかなかドンとブレーキを踏めません。理屈コネ太郎は全然ダメでした。

ただし、以下では、ドライ路面で、タイヤ、ブレーキ、ABSを含む車両の各機能が正常であることを前提とします。この条件でステアリングを真っすぐに保っていれば、強いブレーキをかけても、クルマは基本的に直進しながら減速します。

ABS装着車では、タイヤが継続的にロックしないよう制動力が制御されます。

話を、ストレートエンドのフルブレーキによる主減速に戻します。

この主減速では、タイヤが発揮できる摩擦力の大部分を制動へ使います。この段階では、タイヤの摩擦力を主に制動へ使い、大きな旋回力は要求しません。長いストレートで得た高い速度を、旋回へ移れる速度域まで短時間・短距離で大きく落とします。

つまり、この主減速の目的は、とにかく速度を落とすことではありません。

主減速の目的は、ターンイン後にトレイルブレーキへ移り、ブレーキ踏力を抜きながら舵角を増やすことで、無理なくクリッピングポイントへ到達できる速度まで、直線区間で落としておくことです。

第二段階|トレイルブレーキで減速しながら向きを変える

ストレートエンドで主減速を行った後、ターンインに合わせてトレイルブレーキへ移ります。

最大のブレーキ踏力から徐々に踏力を抜くトレイルブレーキを行い、その動きに同期して舵角を増やしながら、クリッピングポイントを目指します。

一般に、このターンイン以降が「スローイン」と表現されます。しかし、車速は一定の低い速度になっているのではなく、トレイルブレーキによってなお低下しています。実際の運動は、スローインというより減速インです。

トレイルブレーキを使っているので、この区間でも車速は低下しています。ただし、ストレートエンドのフルブレーキングに比べれば、速度の落ち方は緩やかです。

ブレーキ踏力を抜くにつれて速度の落ち方は緩くなり、同時に舵角を大きくしているので、クルマの向きもクリッピングポイントに向けて大きく変わっていきます。

タイヤの仕事の中心を、

車速を大きく落とすための制動

から、

少し減速を続けながら行う旋回

へ移しているのです。

強い直線制動から、トレイルブレーキを使いながら行う旋回へ連続的に移ります。

トレイルブレーキ中のブレーキ踏力と舵角の詳しい関係については、別記事「アウト・イン・アウトは結果である|トレイルブレーキと舵角で考えるコーナリングの基本」で扱っています。

ターンインしても、減速は終わっていない

スローインという言葉からは、ターンインする時点ですでに減速が終わっているようにも聞こえます。

しかし、既述したように、コーナーではターンイン後もトレイルブレーキによって車速は緩やかに低下します。

そして、クリッピングポイント付近で最低速度に達します。

したがって、実際の進入は「スローで入る」というより、スローにしながら、つまり減速しながら入ると表現する方が実態に合っています。

これが、本記事でいう減速インです。

いつブレーキを始めればよいのか

すべてのドライバー、車両、コーナーに共通するブレーキング開始地点はありません。

ドライバーの技量、進入速度、コーナー半径、車両重量、ブレーキ、タイヤ、路面、勾配などによって、必要な制動距離が変わるからです。

ただし、判断基準は明確です。

ブレーキングポイントは、

ターンイン直前までに主減速を終え、そこからはトレイルブレーキで減速しつつ舵角を増やし、クリッピングポイントに到達できる地点

です。

もしターンイン後にも、車速を大きく落とすための強いブレーキが必要なら、ブレーキング開始が遅いか、減速が不足しています。

反対に、ブレーキを終えてからターンインまでに長い惰性区間があるなら、ブレーキング開始が早すぎるか、減速しすぎています。

練習では、まず余裕のあるブレーキングポイントを、距離看板、縁石、路面の継ぎ目などで決めます。

同じ地点から同程度の強さでブレーキを使い、主減速からトレイルブレーキへの移行を毎周再現します。

そのうえで、

  • 長い惰性区間が生じるなら、ブレーキングポイントを少し遅らせる
  • ターンイン後にも強い減速が必要なら、ブレーキングポイントを手前へ戻す

という順序で調整します。

ブレーキングポイント、ブレーキ踏力、ターンイン位置を一度にすべて変えると、何が車両挙動を変えたのか分からなくなります。

一度に変える要素は一つに絞るべきです。

最低速度から加速アウトへ移る

トレイルブレーキによって減速しながら旋回すると、本記事で想定するコーナーでは、クリッピングポイント付近で最低速度に達します。

その付近でトレイルブレーキを終え、舵角を戻しながらアクセル開度を増やします。

これがファストアウトに当たります。しかし、実際には一定の速い速度で走っているのではなく、最低速度から車速を上げています。そこで本記事では、これを「加速アウト」と呼びます。

ただし、アクセルペダルへ早く触れれば、すぐに大きく加速できるわけではありません。

舵角が大きく残っている間は、アクセルを大きく開けることはできません。そこで、舵角を戻すのに同期してアクセル開度を増やします。

この関係の詳細については、別記事「GRヤリスのコーナー脱出でアンダーステアを出さない|舵角とアクセル開度の関係」で扱っています。

減速インから加速アウトへは、クリッピングポイント付近で移行します。

ストレートエンドとコーナー脱出も含めたコーナリング中の車速は、

急激に低下
→緩やかに低下
→最低速度〔クリッピングポイント付近〕
→出口へ向けて、舵角を戻すのに合わせてアクセル開度を増やし、アンダーステアを出さない範囲で車速を最大限に上げる

と連続的に変化します。

格言だけでは正反対の誤解が生じる

スローイン・ファストアウトという格言は、全開ストレートから「スロー」を作る過程を省略しています。

そのため、初心者に誤解を与える可能性があります。

例えば、スローインなのだから、かなり手前から弱いブレーキを長く踏み、十分に遅くなってからコーナーへ入ればよいという誤解です。

これでは必要以上に速度を落とし、ターンインまでに長い惰性区間を作りやすくなります。

また、進入でタイムを失いたくないため、できるだけ遅くまでアクセル全開を続け、コーナー直前で急激に減速すればよいという誤解もあります。

こちらは、ターンインまでに主減速を終えられず、強いブレーキを旋回区間へ持ち込みやすくなります。

さらに、ファストアウトという言葉から、クリッピングポイントへ到達したら、すぐにアクセルを大きく開けるものだと誤解する可能性もあります。

しかし実際には、舵角を戻すのに合わせて使えるアクセル開度を徐々に増やすため、加速アウトなのです。

「遅く入って速く出る」という一文だけでは、コーナリング操作の機微がかなり削られています。

スローイン・ファストアウトに追加すべき説明

スローイン・ファストアウトを、実際のコーナリングに使える説明にするには、次の情報を加える必要があります。

  • 長いストレートではアクセル全開で走る
  • ストレートエンドでは、ステアリングを中立に保ったまま、強く短いフルブレーキングによって車速を大きく落とす
  • ターンイン開始後は、トレイルブレーキに同期して舵角を増やし、クリッピングポイントを目指す
  • トレイルブレーキ中も車速は低下するが、主減速より速度の落ち方は格段に緩い。ここまでが減速イン
  • クリッピングポイント付近で最低速度となり、そこから舵角を戻しながらアクセル開度を増やして出口へ向けて加速する。これが加速アウト

短くまとめれば、次のようになります。

アクセル全開
→強い直線減速
→ブレーキを抜きながら減速と旋回
→最低速度
→舵角を戻しながら加速

これが、減速イン・加速アウトです。

まとめ|格言に欠けているのは「スローの作り方とスローの質」である

ここでいう「スローの質」とは、単に低い車速であることではなく、トレイルブレーキでさらに減速しながら、出口へ向けた旋回姿勢を作っている状態を指します。

スローイン・ファストアウトは、進入速度を欲張るより、出口速度を優先した方が、区間全体では速くなりやすいという格言です。

その考え方自体は間違っていません。

しかし、コーナー進入前のクルマは、長いストレートをアクセル全開で走っています。

そのクルマが、何もしないままスローインへ移ることはありません。

全開ストレートとスローインの間には、

ストレートエンドでの強い主減速

と、

それに続くトレイルブレーキ

があります。

主減速では、車速を急激に落とします。

トレイルブレーキでは、速度の落ち方を緩めながらさらに減速し、同時にクルマの向きを変えます。

そして、クリッピングポイント付近の最低速度から、出口へ向けた加速へ移ります。

したがって、実際の車速変化は、

減速イン・加速アウト

です。

スローイン・ファストアウトを教えられたら、「遅く入って速く出る」とだけ理解してはいけません。

どこで強く減速し、どこからブレーキを抜き、どのように最低速度と旋回状態を作るのか。

その説明を加えて初めて、この格言は実際の運転に使える知識になります。

なお、スローイン・ファストアウトと同じくらい有名な格言である、アウト・イン・アウトについては別記事アウト・イン・アウトは結果である|トレイルブレーキと舵角で考えるコーナリングの基本に詳述しています。

作成者: 理屈コネ太郎

元消化器内視鏡医・産業医。現在は社会・人間行動・構造分析をテーマに執筆活動を行う。定年退職後はヨット・ボート・クルマなど趣味と構造研究の日々を過ごす。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です