買ってすぐに全力サーキット走行できる凄いヤツ ――後期型GRヤリス8速DATという到達点

後期型GRヤリスがサーキットを疾走する様子を、やや後方から捉えた油絵調イメージ。土埃によりフロント形状は判別しにくく、動きと安定感が強調されている。
量産車でありながら、特別な準備を必要とせず全力走行を受け止める。その成立の背景には、均衡を重視した設計思想がある。

本記事は、クルマの速さや操作感を評価するための試乗記ではない。
また、MTとDATのどちらが優れているかを論じるものでもない。
購入して間もない量産車が、なぜそのままサーキットで全力走行できてしまうのか──その背景にある設計思想について、理屈コネ太郎の私見をまとめたものである。


Contents

第0章|そのままで走れる、という事実

新車で購入して、すぐにサーキットを全力走行できる。
しかも、価格は現実的だし免許はAT限定でOK。

これらの要件が同時に成立する量産車は多くない。
それが特別な準備や改造を前提とせず、工場出荷状態のままで成立しているとなれば、なおさらだ。

後期型GRヤリス8速DATは、それを可能にしている。
まずは、この点に理屈コネ太郎は素直に驚く。

ところで本記事では、速さや楽しさ、操作感については踏み込まない。
ただ、購入してそのままでサーキットを走れる性能が「成立している」という一点に注目して理屈コネ太郎の私見を述べる。


第1章|なぜ通常、量産車はそう作られないのか

一般に、量産スポーツカーはサーキットでの全力走行を主目的として設計されてはいない。

冷却、制動、駆動、制御、そしてドライバーの負担。
これらは多くの場合、どこかに余裕が少なく、限界域では変化や破綻が表に出やすい。

そのため、

  • ブレーキパッドの交換

  • フルードの変更

  • 足回りの調整

といった準備が、自然な流れとして語られる。

これは国やメーカーを問わず、量産車に共通する考え方だろう。
全力走行は想定外であり、ユーザー側の責任で行う行為とされることが多い。

そう考えると、

何も改造せずに、全力でサーキットを走れる

という要件は、量産車の文脈では例外的と言ってよい。


第2章|後期型GRヤリスDATで目立たないこと

後期型GRヤリス8速DATをサーキットで走らせていて印象に残るのは、
「目立った変化が起きにくい」という点だ。

  • 熱による性能低下が表に出にくい

  • ペダルフィールの変化が小さい

  • 制御の介入が唐突にならない

  • ドライバーが追い込まれにくい

これらは、全力走行では徐々に現れてくることが多い要素である。
しかし、このクルマでは、それらが強く意識に上がってこない。

限界を踏み越えないというよりも、
限界に近づいても違和感が急に現れにくい
そんな印象を受ける。


第3章|DATは“楽をするため”だけの装置ではない

8速DATは、ときに「運転を楽にするための装置」と受け取られる。
だが、サーキット走行という場面では、その役割はもう少し別のところにあるように思う。

DATが担っているのは、操作そのものの代行というより、
判断のばらつきを抑えることではないだろうか。

ギア選択や動力の締結をクルマ側に委ねることで、
ドライバーは認知資源を、

  • 荷重移動

  • 舵角

  • ライン取り

といった要素に、より多く割くことができる。

その結果、判断が安定し、挙動の変化にも余裕をもって対応しやすくなる。
DATは速さを直接生み出す装置というより、
速さが削れにくい状態を保つための装置と捉えた方が近い。


第4章|均衡を重視した設計という印象

後期型GRヤリスDATを眺めていると、
特定の要素だけが突出している印象はあまり受けない。

  • エンジンだけが過剰に強調されているわけではない

  • 駆動系だけが特別というわけでもない

  • 制御にすべてを委ねているようにも見えない

それぞれが、少しずつ余裕を残している。

この余裕は、無駄というよりも、
破綻を先送りし、状態を安定させるための余白のように感じられる。

速さをピーク値で語るのではなく、
持続できる時間や状態で捉える
そんな設計思想が透けて見える。


第5章|量産車としての選択

後期型GRヤリスDATは、
高い技量を持つドライバーだけを前提にしているようには見えない。

  • 常に正確な判断ができる人

  • 限界を誤らずに扱える人

そうした条件を満たさなくても、
クルマとして成立するように考えられているように感じる。

疲労や判断の揺らぎ、操作の遅れ。
そうした要素を現実的な前提として織り込んだ設計だ。

これは性能を抑えた結果というより、
どこに重心を置くかという思想上の選択なのだろう。


第6章|日本のエンジニアリングの神髄を感じる理由

購入して、すぐにそのままサーキットを全力走行できる。
しかも、価格は現実的だ。

この事実の組み合わせに、
私は日本のエンジニアリングの神髄が表れていると感じている。

ピーク性能よりも均衡。
極端さよりも持続。
ユーザーに過度な負担を求めない構造。

それらが、量産車という制約のなかで、
一つの形として結実している。


終章|この時代、この国に生まれたという実感

規制が少し違っていれば。
コストの考え方が少し違っていれば。
設計思想が少し違っていれば。

このクルマは存在しなかった可能性もある。

だが現実には、
私はこのクルマを買い、
そのままサーキットを走り、
特別な問題もなく帰ってくることができた。

それだけで十分だ。

この時代、この国に生まれ、
このエンジニアリングに触れられたことを、
私は静かに幸福だと感じている。


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