本記事で扱う車両は、2024年式GRヤリス RZ“High performance” GR-DATです。
本稿の観察と考察は、私が所有するこの車両でのサーキット走行経験を基礎としています。メーカーオプションのクーリングパッケージを装着し、走行性能に関わるメーカー設定オプションは購入時に選択しています。購入後に冷却系、ブレーキ、足回りへ手を加えてはいません。
サーキットでは、スマートフォンアプリからトヨタ純正のサーキットモードを起動しています。このモードではGPSによって対象サーキットへの進入が判定され、国内主要サーキットでスピードリミッターの上限に達しないよう、上限車速が引き上げられます。
購入した量産車が、なぜサーキットで高負荷の走行を成立させられるのか──その背景にある設計思想について、理屈コネ太郎の私見をまとめます。
第0章|そのままで走れる、という事実
新車で購入し、サーキット走行のために冷却系、ブレーキ、足回りへ追加の変更を施すことなく、そのまま全力走行に持ち込めます。
しかも、価格は現実的ですし、免許はAT限定でOKです。
さらに、このクルマにはメーカー純正のサーキットモードまで用意されています。
サーキットへ入れば、アプリからモードを起動し、車両側もそこでの走行に合わせた状態へ移ります。スピードリミッターの上限車速も、主要サーキットでの走行を妨げない領域まで引き上げられます。
つまりサーキットは、購入後にユーザーがクルマを作り替えて初めて入れる世界ではなく、最初から車両側に用意された使用領域の一つなのです。
私は実際にこのクルマをサーキットへ持ち込み、全力で走らせています。
6MT車との実走タイム差については、関連記事「GRヤリス6MTと8S-DATの実走タイム差 ☆ 小さな差が示す私の到達点」で詳しく書きました。
本記事で考えたいのはタイムそのものではありません。
購入時の車両構成のまま、サーキットで高負荷走行が成立しています。
その事実の背景に何があるのか、という点です。
第1章|量産車でこれを成立させる難しさ
量産スポーツカーには、日常走行、耐久性、快適性、価格、燃費、法規への適合など、多くの条件が同時に求められます。
そのうえでサーキットを高負荷で走り続けるには、
- 冷却
- 制動
- 駆動系
- シャシー
- 電子制御
といった各要素が、限界域でも大きく崩れず機能し続ける必要があります。
サーキット走行では、
- ブレーキパッドの交換
- フルードの変更
- 足回りの調整
などによって、車両を走行環境に合わせていくことも珍しくありません。
日常で使える量産車として成立させながら、その購入時の構成のまま高負荷走行まで成立させる。
そこには、単純な最高出力や最高速度とは別の難しさがあります。
2024年式GRヤリス RZ“High performance” GR-DATは、その領域まで商品としての設計に取り込んでいるように見えます。
第2章|走っていて目立たないもの
このクルマをサーキットで走らせていて印象に残るのは、
目立った変化が起きにくいという点です。
- 熱による性能低下が表に出にくい
- ブレーキペダルフィールの変化が小さい
- 制御の介入が唐突にならない
- ドライバーが追い込まれにくい
全力走行では、こうした部分の変化が次第に意識へ上がってくることがあります。
しかし、このクルマでは、それらが強く意識に上がってきません。
限界に近づいていく過程でも、車両の状態が急に変わったような感覚は生じにくく、そのためドライバーはクルマそのものへの対処よりも、走ることへ意識を向け続けられます。
この「何も起きない感じ」こそ、かなり作り込まれた結果なのではないかと思います。
第3章|DATは判断を安定させる装置でもある
8速DATは、運転操作を簡単にする装置として捉えられやすいです。
サーキットでは、そこにもう一つの役割が見えてきます。
DATが担っているのは、操作そのものの代行に加えて、
判断のばらつきを小さくすることではないでしょうか。
ギア選択や動力の締結をクルマ側に委ねることで、ドライバーは認知資源を、
- 荷重移動
- 舵角
- ライン取り
といった要素へ、より多く割くことができます。
ブレーキングから旋回、そして加速へ移るなかで、考える対象が少し減ります。
そのぶん判断が安定し、車両挙動の変化にも余裕をもって対応しやすくなります。
DATは単に速い変速機ではありません。
ドライバーの走りを安定させ、速さが削れにくい状態を保つ装置としても機能しているように感じます。
第4章|均衡によって成立する性能
このクルマを眺めていると、特定の要素だけが突出して性能を成立させているようには見えません。
エンジン、駆動系、ブレーキ、冷却、シャシー、電子制御。
それぞれが単独で目立つというより、全体として高負荷状態を維持できる方向へ組み合わされているように感じます。
一つの要素が先に音を上げれば、その時点でサーキット走行全体が崩れてしまいます。
重要なのは最高値だけではありません。
各要素が同じ時間軸のなかで性能を保ち続けることです。
速さをピーク値で語るのではなく、
持続できる時間と状態で捉える。
2024年式GRヤリス RZ“High performance” GR-DATには、そんな考え方が透けて見えます。
第5章|ドライバーまで含めて成立させる
量産車として興味深いのは、車両の能力だけでなく、人間側のばらつきまで含めて性能を成立させようとしているように見えることです。
サーキットを走る人間は、毎周まったく同じ操作をするわけではありません。
疲労もあります。
判断の揺らぎもあります。
操作の遅れもあります。
このクルマでは、そうした人間側の変動があっても、車両の高い能力へアクセスしやすくなっています。
車両側がドライバーを支えながら性能を引き出しやすくする。
そこに、量産スポーツカーとしての一つの選択を感じます。
性能の頂点だけを高くするのではなく、そこへ到達できる人の範囲を広げる。
そして純正サーキットモードまで含めて考えると、その思想は操作系だけにとどまりません。
ドライバーがサーキットへ行き、そこでクルマの能力を使うところまでが、一つの商品として設計されているように感じます。
第6章|日本のエンジニアリングの神髄を感じる理由
街で普通に使える量産車を、そのままサーキットへ持っていきます。
アプリからサーキットモードを起動し、高負荷で走り、普通に自走して帰ってきます。
しかも、価格は現実的です。
私は、この事実の組み合わせに、
日本のエンジニアリングの神髄が表れていると感じています。
ピーク性能よりも均衡。
極端さよりも持続。
人間側の負担まで含めて成立させる構造。
個々の部品が派手に自己主張するのではなく、全体として一つの機能が成立しています。
それらが量産車という制約のなかで、一つの形として結実しているように感じます。
終章|この時代、この国に生まれたという幸福を実感
規制が少し違っていれば。
コストの考え方が少し違っていれば。
設計思想が少し違っていれば。
このクルマは存在しなかった可能性もあります。
しかし現実には、私はこのクルマを買い、
サーキットへ行き、
全力で走り、
特別な問題もなく自走して帰ってきました。
それだけで十分です。
この時代、この国に生まれ、
このエンジニアリングに触れられたことを、
私は静かに幸福だと感じています。
